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満屋 裕明 Mitsuya, Hiroaki
大学院生命科学研究部/エイズ学研究センター 教授(医学教育部専任) 血液内科学・医学博士
拠点形成の総括・拠点運営会議 エイズ治療薬の開発


満屋 裕明 Mitsuya, Hiroaki 更に強力なAIDS治療薬の研究・開発へ向けて
AIDSに対する治療薬は 今や5つのクラス[逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、融合阻害剤、CCR5阻害剤、インテグラーゼ阻害剤(本邦では融合阻害剤を除く4つのクラス)]、20種類を優に越えた。これらを種々に組み合わせた多剤併用療法(highly active antiretroviral therapy: HAART)が行われるようになって、かつて「死の病」であったAIDSは「治療可能な慢性感染症」と定義されるようになった。
しかし、AIDSの化学療法は幾つかの基本的な問題を本来的に有している。(i)薬剤耐性 HIV-1変異株の出現、(ii)薬物の投与に基づく急性、亜急性、慢性毒性の出現、(iii)現存する化学療法のみでは宿主の免疫応答能を十分に回復し得ないこと、そして(iv)化学療法によって延命した患者での悪性腫瘍の好発などである。

HIV-1に感染してCD4陽性細胞数が一定程度減少してからの(現行では350個/mm3前後)HAARTの開始が多くの治療ガイドラインで推奨されているが、HAARTは一旦開始すると一生涯治療が継続される事となり、薬剤耐性 HIV-1変異株の出現や長期治療に伴う副作用のために治療の変更が必要となる事が多い。変更した治療法が奏功せず、更に他剤へと変更することとなると、変更の毎に治療の奏功率は著しく減殺されていく。
現在の化学療法でHIV-1感染症を「完治」させる事が不可能である以上、更に強力で、異なった耐性パターンを有する、新しいクラスの治療薬の開発が必要であるのは、薬剤耐性細菌感染症や癌に対する化学療法で新規の治療薬が必要とされるという状況と同じである。奏功する治療薬が払底すれば、病状が進みその個体にはやがて死が待つだけとなるという意味においてである。AIDSとHIV-1感染症に対する新規の治療薬の開発は将来に亘って必要とされるのである。

AIDS治療薬の開発ではその端緒から分子標的アプローチがとられた。
1987年に初めて臨床に導入された AZT に次ぐ第二、第三の治療薬 ddI、ddC の3剤は何れも AIDS の病原体であるHIVの逆転写酵素を標的として考案、同定、開発された薬剤である(1)。その後に登場したプロテアーゼ阻害剤も標的分子の結晶解析や構造分析のアプローチからデザインされ、臨床的な成功を収めた最初の薬剤群である。3つ目のクラスの抗HIV薬、融合阻害剤(enfuvirtide)もHIVの細胞膜との融合に必須のウイルス糖蛋白(gp41)の機能と構造からデザインされた。最近開発されて first-in-class drugs となったインテグラーゼ阻害剤(raltegravir)とCCR5阻害剤(maraviroc)は言うまでもなく、HIVのインテグラーゼと細胞のCCR5受容体を直接の標的として成功した最新のAIDS治療薬である。
このような分子標的アプローチはB型、C型肝炎ウイルスやインフルエンザウイルスなどのウイルス感染症やある種の癌に対する分子標的薬剤開発の起爆剤となった。

米国のグループとの共同研究で我々のグループが世界に先駆けて報告、後に米国食品医薬品局がスピード審査で認可、本邦でも2007年11月に認可されて臨床に供されているdarunavir(DRV)はbis-tetrahydrofuranylurethane(bis-THF)基を有する非ペプチド系のプロテアーゼ阻害剤で、多剤耐性変異株を含めた広いスペクトラムのHIV株に対して強力な活性を発揮する。
DRVはプロテアーゼの活性中心部位のアミノ酸の主鎖(back bone)に強固に結合して(2,3)、活性中心部位またはその近傍にアミノ酸置換を来したプロテアーゼを有する多剤耐性ウイルスに対しても強力な活性を発揮する。既存のプロテアーゼ阻害剤はプロテアーゼの活性部位のアミノ酸の側鎖に結合する為、HIVは同部位でのアミノ酸置換(変異)を起こし、容易にプロテアーゼ阻害剤の結合を回避して耐性を獲得するが、活性部位のアミノ酸の主鎖と結合するDRVではHIVが側鎖の変異を起こしてもDRVのプロテアーゼへの結合態様に大きな変化が起こらないと考えられる。
この事がDRVの複数のプロテアーゼ阻害剤への耐性を示す変異株に対する強力な抗HIV活性発揮と関連していると思われる。更に最近になって、このDRVを含めた一連のプロテアーゼ阻害剤が、HIVの増殖に必須の過程である、プロテアーゼの二量体化を阻止するという事が発見された(4)。
これらの一連の阻害剤は二量体化阻害とプロテアーゼの酵素活性阻害という二つの阻害機序を発揮して、これまでの「通常型」のプロテアーゼよりもHIVのDRVに対する耐性の発現が著しく遅延すると考えられる。

図:
Darunavirはプロテアーゼの酵素活性中心の Asp29/Asp30の主鎖と結合、既存のプロテアーゼ阻害剤に対して多剤耐性を獲得したHIV-1変異株に対して強力な活性を発揮する。


我々のグループは今後もウイルス学、細胞生物学、酵素生化学、分子生物学、結晶構造学等を組み合せて駆使しながら更に進んだ分子標的アプローチを用いて更に強力で新規の抗ウイルスの機序を有する分子標的治療薬の研究・同定・開発を進める。


1. Mitsuya, H. and Broder, S. Nature. 325:773-778, 1987.
2. Koh, Y. et al. Antimicrob. Agents Chemother. 47:3123-3129, 2003.
3. Ghosh, A.K., Chapsal, B.D., Weber, I.T., and Mitsuya, H. Acc. Chem. Res. 41: 78-86, 2008.
4. Koh, Y. et al. J. Biol. Chem. 282: 28709-28720.



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