主な業績の研究内容
2007-2008年
Takamasa Ueno, Chihiro Motozono, Sachi Douki, Philip Mwimanzi, Susanne Rauch, Oliver T. Fackler, Shinichi Oka, and Masafumi Takiguchi, Cytotoxic T lymphocyte-mediated selective pressure influences dynamic evolution and pathogenic functions of HIV-1 Nef , J. Immunol. 180:1107-1116, 2008
CTLの免疫淘汰圧はHIV-1 Nefの病原性機能を制御する

HIV-1 Nefは宿主の免疫応答を制御するさまざまな機能を持っているが、その一方、CTLの主要な標的である。このような競合的な淘汰圧の中で、Nefがどのように病原性機能を維持するか明らかになっていない。我々は、保存性の高いプロリン反復配列を含むNefの機能性ドメインで認められる変異(Arg75TyrとTyr85Phe)が、HLA-B*35拘束性の2つのオーバーラップする抗原を認識するCTL応答から逃避する変異体であることを見出した。一方の抗原に特異的なCTLは、Tyr85Phe変異の選択圧としてはたらき、感染早期から現れ、優れた抗ウイルス活性を示した。Arg75Tyr 変異の選択圧となるもう一方のCTLは、抗ウイルス活性が劣っていた。Arg75TyrとTyr85Pheを同時に持つ変異ウイルスは、両方のCTLから逃避可能であるが、そのような二重変異体は生体内では認められなかった。この両変異をHIV-1に導入したところ、NefのHLA class Iの発現を低下させる能力が劣っており(すなわち、感染細胞上のHLA class I発現量が高いままであり)、他の抗原に特異的なCTLから認識されやすくなっていることが分かった。さらに、この2つの変異の組合せは、Nefが本来有する細胞内リン酸化酵素の活性化やウイルス増殖増強作用を減弱化させていた。これらの結果から、CTL免疫監視は、Nefの病原性機能を制御する重要な役割を持つことが明らかとなった。
Mamoru Fujiwara, Junko Tanuma, Hirokazu Koizumi, Yuka Kawashima, Kazutaka Honda, Saori Mastuoka-Aizawa, Sachi Dohki, Shinichi Oka and Masafumi Takiguchi, Different Ability of Escape Mutant-Specific Cytotoxic T Cells to Suppress Replication of Escape Mutant and Wild-type HIV-1 in New Hosts, J. Virol., 82: 138-147, 2008
HIV-1感染症において細胞傷害性T細胞(CTL)は、ウイルスの制御に重要な役割を果たしている。しかし、同時にCTLによる強い免疫選択圧はHIV-1にCTLからの逃避変異を誘導することが知られている。いったん逃避変異が現れると、その変異抗原に特異的なCTLを新たに誘導することは難しいとされている。逃避変異抗原を認識するCTLが誘導されたという報告もあるが、非常にまれなケースであると考えられる。多くの研究から、HIV-1が逃避変異を獲得することによって病態が悪化し、エイズの発症に進むことがヒトやサルを用いた感染モデルの研究から明らかにされている。そのため、HIV-1による逃避変異の獲得は、有効なワクチンの開発にとって最大の障害となっている。
日本人において、HLA-A*2402拘束性Nef138-10特異的CTLからの逃避変異(2F)を持つウイルスが広く伝播していることが報告されている。HLA-A*2402は日本人の約70%が持つアリルであることから、HIV-1が日本人感染者の中で効率よく増殖するために適応した結果であると考えられる。一方、我々のこれまでの研究から80年代に血液製剤によって感染したHIV-1感染血友病患者と近年性交渉によって感染した患者では、Nef138-10特異的CTLの誘導頻度に差がないことを見出した。本研究では、これらの患者の末梢血単核球を用いた解析から、これまで難しいとされていた変異抗原特異的CTLの誘導が、2Fウイルスに新たに感染した宿主では頻繁に起こっていることを明らかにした。このような事実は、逃避ウイルスを克服するための今後の研究にとって非常に重要な意味を持つ。しかし、感染者から樹立したNef138-10 WT(野生型)と2F(変異型)特異的CTLクローンの2Fウイルスに対する応答を調べると、2F特異的CTLは、WT特異的CTLよりも強く2Fウイルスの増殖を抑制することができたが、完全に抑制することはできなかった。その結果、HLA-A*2402陽性感染者においては、ウイルスが野生型に逆戻りすることなく2F変異が維持されると推察された。
今回、我々は変異抗原に特異的なCTLがこれまで考えられていた以上に頻繁に誘導され得ることを明らかにした。日本人のように特定のアリルを高頻度に発現している人種や地域では、そのようなアリルと相関した逃避変異が伝播しているウイルスに蓄積してしまう。今後、そのような逃避ウイルスに対しても高い抗ウイルス活性を発揮するCTLを誘導することができれば、適応したHIV-1に対して有効な予防ワクチンの開発につながると期待される。
Center for AIDS Research Best Paper Award 2007
Takamasa Ueno
, Yuka Idegami, Chihiro Motozono, Shinichi Oka and Masafumi Takiguchi, Altering effects of antigenic variations in HIV-1 on antiviral effectiveness of HIV-specific CTLs J. Immunol. 178: 5513-5523, 2007
HIV特異的CTLの抗ウイルス効果は抗原変異によって多様な影響を受ける

HIV-1は抗原変異によってCTLから逃避することが知られている。しかし、抗原変異が単なる逃避とは別にHIV特異的CTLの抗ウイルス効果に影響するか明らかにされていない。本研究では、、HLA*35拘束性Pol、Env、Nef抗原に対する慢性感染期のHIV特異的CTL応答を解析した。まずHIV感染者から分離したHIVゲノム配列を解析したところ、PolとNef抗原には変異が選択されていたが、Env抗原に変異は認められなかった。選択された両変異はいずれもT細胞レセプター(TCR)の認識から逃避する変異であった。さらに、HLAテトラマーを用いて変異抗原に対するCD8 T細胞応答を解析したところ、Nef抗原に変異を持つウイルスが選択された後に、変異体に特異的なCD8 T応答が惹起されていることが分かった。Nef変異体に特異的なCD8 T細胞は、変異抗原による刺激に応じて、細胞傷害活性とサイトカイン産生活性を示した。しかし、その増殖能力は野生型抗原に特異的な細胞と比べて顕著に劣っていた。同様に、Pol変異抗原に特異的なCD8+T細胞も増殖活性が劣っていた。一方、変異体が選択されていなかったEnv抗原に特異的なCD8 T細胞の機能に差は認められなかった。以上の結果から、TCRとの認識を阻害する抗原変異は、単にCTL応答からの逃避を促すだけでなく、抗ウイルス機能に劣ったCTLを新たに誘導することが明らかになった。このことが、HIV特異的CTLによる抗ウイルス効果の総和が、慢性感染期にさらに低下していく原因となると示唆された。

Mamoru Fujiwara and Masafumi Takiguchi, HIV-1-Specific CTLs Effectively Suppress Replication of HIV-1 in HIV-1-infected Macrophages, Blood 109:4832-4838, 2007

細胞傷害性T細胞(CTL)は、生体防御に非常に重要な役割を果たしている。しかし、HIV-1感染初期に多くのHIV-1特異的CTLが誘導されるにも関らず、HIV-1が生体から完全に排除されることはない。これは、HIV-1がCTLの認識を免れる逃避機構を備えているためである。その一つに、NefタンパクによるHLAクラスI抗原の発現低下が知られている。HLAクラスI抗原の発現低下は、HIV-1感染細胞に対するCTLの認識を低下させ、細胞傷害活性に影響を与える。しかし、多くの研究はHIV-1感染CD4T細胞を用いて行われており、感染初期にHIV-1の標的となるマクロファージや樹状細胞に対するCTLの認識にNefタンパクが与える影響については全く検討されてこなかった。そのため、NefタンパクによるHLAクラスI抗原の発現低下が感染初期にHIV-1の逃避に与える影響については明らかにされていない。
当研究室では、HLAクラスI抗原発現低下がCTLの抗原認識に与える影響が特異的抗原の種類に依存していることを見出した。そこで、本研究ではHIV-1感染マクロファージに対するCTLの認識とNefタンパクがその抗原認識に与える影響を明らかにするため、数種類のHIV-1特異的CTLクローン(HLAクラスI抗原発現低下の影響を強く受ける、中程度、ほとんど受けないCTL)を用いて、HIV-1感染マクロファージ、及びHIV-1感染CD4T細胞に対する抗ウイルス活性の比較を行った。その結果、HIV-1特異的CTLクローンは、CD4T細胞よりマクロファージを標的とした時に、顕著に強い抗ウイルス活性(ウイルス増殖抑制能、細胞傷害活性、サイトカイン産生)を示した。更に、HIV-1感染マクロファージでCTLを刺激すると、HIV-1特異的CTLクローンは強く活性化され、高い細胞増殖を示した。また、HIV-1感染マクロファージはHIV-1感染CD4T細胞よりも多くのウイルス抗原を産生していることを見出した。このことから、HIV-1感染マクロファージの高い抗原提示能は、HLAクラスI抗原の発現が低下しても十分な抗原量が細胞表面上に提示されていることに起因すると考えられる。
以上の結果から、HIV-1特異的CTLは、NefタンパクによるHLAクラスI発現低下の影響をほとんど受けることなく、非常に効率よくHIV-1感染マクロファージを排除できることが示唆された。また、HIV-1感染マクロファージはHIV-1感染CD4T細胞より多様なエピトープに特異的なCTLを活性化し、その増殖を誘導できることが示唆された。HIV-1感染者では、樹状細胞数が減少することから、HIV-1感染初期におけるHIV-1特異的CTLの維持には、HIV-1感染マクロファージが非常に重要な役割を果たしていることが推察された。
Takaaki Kondo, Hiroshi Takata and Masafumi Takiguchi, Functional Expression of Chemokine Receptor CCR6 on Human Effector Memory CD8+ T Cells, Eur. J. Immunol 37:54-65, 2007 
ケモカインレセプターCCR6はヒト末梢エフェクターメモリーCD8+T細胞に機能的発現をしている。

CD8+T細胞はウイルス感染細胞除去において非常に重要な役割を担っており、ウイルス特異的CD8+T細胞によるウイルス感染細胞のコントロールを詳細に解明するためにはCD8+T細胞の分化・成熟についての研究を行うことが重要である。しかし、健常人におけるCD8+T細胞の分化・成熟については分化経路や機能など未だ不明な点が多く、十分な検討はされていない。そこで、新たな分化マーカーを用いたCD8+T細胞の分化・成熟について詳細な解析が求められている。

近年新たな分化マーカーとしてケモカインレセプターが注目されており、CCR7、CCR5等のケモカインレセプターはCD8+T細胞のナイーブ、メモリー、エフェクターという各機能的集団に特異的に発現している事が報告されている。CCR6はCD4、CD8+T細胞、B細胞、未成熟樹状細胞で発現が報告されており、リガンドであるCCL20 / MIP-3a の発現している腸管や皮膚に未成熟樹状細胞を誘導する役割を担っている。現在、CCR6の発現は一部のCD8+T細胞での発現が確認されているが、その詳細な解析は行われていない。そこで私はCD8+T細胞の分化・成熟段階におけるCCR6の発現を様々な分化マーカーを用いて解析し、CCR6+CD8+T細胞の特性を調べ、CCR6がヒト末梢CD8+T細胞において新たな分化マーカーとなりうるか検討を行った。

最大8色におよぶマルチカラーフローサイトメトリー解析により、ヒト末梢CD8+T細胞の分化・成熟段階におけるCCR6の発現は免疫記憶を担うと考えられているメモリー分画に特異的に発現しエフェクターメモリー分画に発現の高いCCR5と非常に高い相関性を示すことが確認された。また、CCR6+CD8+T細胞は標的細胞に小孔を形成するパーフォリンの発現が低く標的細胞のアポトーシスを誘導するグランザイムAを発現するがグランザイムBを発現していない細胞集団であり、CCR6+CD8+T細胞の多くがIFN-gとTNF-aを産生しIL-2の産生が少ない細胞集団であることが示された。さらにヒト末梢CCR6+CD8+T細胞はリガンドであるCCL20 / MIP-3aに特異的な遊走能を示し、腸管に特異的に発現している接着分子の発現が高いことから末梢血中のCCR6陽性エフェクターメモリーCD8+T細胞が腸管、皮膚への遊走に関わっている可能性が示唆され、粘膜免疫における感染細胞の排除に重要な役割を果たしていることが考えられた。また、ヒト末梢CD8+T細胞においてCCR6はCCR5と共に新たな分化マーカーとなる可能性が示唆された。


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