HIV-1に対する液性免疫の研究と latent HIV-1ウイルスに対する治療法の開発
松下修三 (エイズ学研究センター・松下プロジェクト研究室)
http://matsushita-lab.kumamoto-univ.jp/
     
エイズ学研究センター・病態制御分野では、HIV-1の感染病態の解析にもとづいて、新たな治療法やワクチンの開発を目指した研究をしています。強力な抗ウイルス剤の多剤併用療法 (highly active antiretroviral therapy; HAART) の導入により、エイズ発症を阻止することが可能となりました。しかし、治療を行っていても、体内からウイルスは根絶されておらず、治療を中断すると、ほとんどの感染者では、ウイルスが再度増殖してきます。一方、抗ウイルス剤の副作用のために、治療の中断を余儀なくされる症例も増加しています。我々は、HAARTにて治療中に症例の残存するウイルスの性質と、その残存のメカニズムを明らかにし、残存ウイルスを標的とした治療を開発することを目指しています。具体的には、これまで開発されていないウイルス蛋白を標的とした治療法の開発、抗HIV免疫を活性化する方法の開発などがあります。また、これらの病態を標的とした治療法の開発は、試験管内の実験だけでは不可能です。現在可能な霊長類モデルに加えて、新たな小動物(感染)モデルの開発を行っています。
     
I.HIV感染症例の病態解析と新しい治療法の開発
HAARTはHIV感染者に劇的な臨床上の改善をもたらしました。しかし、血中のウイルスRNAが測定感度以下だからといって、ウイルスが完全に排除されたわけではありません。治療の強さとウイルスの残存量のよりきめ細かな測定を行うため、末梢血中のプロウイルスDNA量の高感度で安定した測定を開発しました。それと同時に、免疫担当細胞の入れ替わる頻度を調べることでリンパ節等でのウイルスの増殖の度合いの予測がある程度可能となってきました。長期非進行者の検索と合わせて、多くの症例の検索を行う予定です。また、サルの系を用いた感染動物モデルの構築を行い、人の免疫反応に非常に近いモデルが構築できました。今後は、このサルの感染系を用いて、HAARTに治療ワクチン接種を加えた方法やHAARTに治療用単クローン抗体を合わせて投与する方法など、ヒトにおいて施行が難しい前臨床テストを試していく予定です。


II. 治療用中和抗体及びワクチンの開発
HAARTにより、十分なウイルスの抑制を長期間継続することにより、自己由来のHIV株を中和できる抗体が出現し、良好な臨床経過を示す感染者があることを明らかにしてきました。また中和抗体の存在下にリバウンドしてくるウイルスは中和抵抗性であり、in vivo でも中和抗体が選択圧として作用していることを示しました。このことは、広範囲のHIVに対する免疫を強化、誘導することができれば、現在の治療を補完しうることを示しています。そこで、HIVの感染を阻止できる中和抗体、およびHIV特異的な細胞性免疫を誘導するための治療ワクチンの開発を行っています。広範なHIV株に対応できる抗体を誘導するための基礎研究として、変異ウイルスエンベロープタンパクとさまざまな抗体の、結合と中和の関連についての検討、さらにphage display libraryを用いた抗原の検索をしています。

III. 小動物モデルの開発及び新たな治療標的の基礎研究
エイズの小動物モデル開発は、エイズ研究の重要なテーマですが、これまでマウスなどの実験用小動物では、十分なHIVの複製は得られませんでした。げっ歯類の細胞に、転写活性化に関与するTatのコファクターであるヒトCyclinT1を導入すると、Gag蛋白前駆体の発現は増強しますが、ウイルス粒子のアセンブリーと放出の効率は極めて低いままでした。我々は最近、生化学的あるいは免疫組織化学的解析により、これらげっ歯類細胞においてGag蛋白前駆体がミリスチン酸の付加をうけるにもかかわらず、細胞質膜に輸送されにくいことを示し、この過程への宿主因子の関与を示唆しました。我々はまた小動物のなかで、アメリカミンク(Mustera vision)由来の細胞がヒト細胞と同等にHIVの複製をサポートすることを報告し、この種の小動物のHIV感染モデルとしての可能性についてさらに検討をすすめています。
     
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